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解説「成長投資ガイダンス」

企業の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に向けて

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経済産業省 経済産業政策局
産業創造課 課長 兼 企業会計室 室長

松田 洋平

経済産業省 経済産業政策局
産業創造課 総括補佐

津田 健人

経済産業省 経済産業政策局
産業創造課 課長補佐

鈴木 綾華

経済産業省 経済産業政策局
企業会計室 室長補佐

髙柳 匡亮

■ サマリー

経済産業省は2026年7月21日に「成長投資ガイダンス」を策定し、公表した。改訂CGコードの基本的な考え方に基づく実務指針として、中長期的な企業価値向上に向けて成長投資を拡大する上で企業と投資家が共通理解とすべきポイントを具体的に整理している。

本ガイダンスでは、企業の「価値創造」を「企業が事業活動を通じて、資本コストを上回るリターンを継続的に生み出すこと」とし、その規模を捉える概念としてEPを採用している。EPは効率と量の両面を含み、価値創造の規模を面積として捉えることができる。

本ガイダンスは、企業の業績、株価、資本効率、株主還元の改善が進む一方で、その成果が成長投資や持続的な賃金上昇に十分には結び付いていないという状況を、「新たなパラドックス」と指摘している。その背景には、欧米企業と比べて相対的に不足する成長投資、成長ステージや業績を踏まえた成長投資と株主還元のバランス、価値毀損セグメントに滞留する資本という3つの構造的課題がある。

EP拡大に向けた取組みには、ROIC-WACCスプレッドの改善と、資本コストを上回るリターンが見込まれる領域に対する投下資本量の拡大という二つの方向性がある。これらはEPの拡大という共通の目的の下で一体的に追求すべきものである。

企業には、ビジネスモデルを踏まえた「成長の道筋」を構築・説明し、商品・サービスの付加価値向上を通じた収益性の向上を図ることに加え、大胆な成長投資の拡大、成長ステージや業績に応じた成長投資と株主還元の適切なバランスの確保、ベストオーナー原則に基づく事業ポートフォリオ転換の推進等を通じた投下資本の質と量の改善が求められる。投資家には、成長に向けた時間軸を認識し、エンゲージメントや議決権行使を実質化することが求められる。これらの取組みを促進するための政府による環境整備は、様々な施策を相互に整合させた政策パッケージとして推進することが重要である。

目次

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1.背景

1-1 策定経緯

 経済産業省は、2026年7月21日、価値創造経営小委員会(委員長:沼上幹 早稲田大学 ビジネス・ファイナンス研究センター教授)(以下「本小委員会」とする)における議論を取りまとめ、「成長投資ガイダンス~価値創造の拡大を通じた企業の持続的成長に向けて~」(以下「本ガイダンス」とする)を公表した。
 2014年の伊藤レポートによる問題提起やコーポレートガバナンス・コード(以下「CGコード」とする)の策定を中心に進展してきたコーポレートガバナンス改革において、「ROE8%」という水準は資本コストを上回る収益性の一つの目安として広く浸透し、日本企業に資本コストや資本効率を意識した経営を促す上で重要な役割を果たしてきた。その反面、ROE等の効率指標の達成それ自体が一部で目的化し、そうした取組みが企業の価値創造の拡大や中長期的な企業価値向上にどうつながるのかという視点が、必ずしも十分には共有されてこなかった可能性もある。
 たしかにコーポレートガバナンス改革の取組みを通じて日本企業のROEは改善してきたものの、純利益率や粗利率といった事業収益力にはなお欧米企業との差が残っている。また、賃上げを含む成長投資も、欧米企業と比較して相対的に低い水準にとどまっている。このような現状を踏まえ、いかにして資本効率の改善を事業収益力の向上と成長投資の拡大を通じた価値創造の総量の増加へとつなげていくかが、本ガイダンスの策定背景にある重要な問題意識である。
 企業の業績、株価、資本効率、株主還元の改善が進む一方で、その成果が成長投資(設備投資、研究開発投資、人的投資)や持続的な賃金上昇に十分には結び付いていないという状況を、本ガイダンスは「新たなパラドックス」と捉えている。その上で、企業と投資家の対話の焦点を、資本をいかに効率的に用いるかという段階から、資本コストを上回るリターンを生み出す事業機会に対していかに戦略的に資本を配分し成長投資を拡大していくかという次の段階へと進めていくことを目指している。

1-2 政府の成長戦略における位置づけ

 本ガイダンスは政府の成長戦略において、企業の成長投資を促進するための実務指針と位置づけられている。2025年11月21日に閣議決定された「『強い経済』を実現する総合経済対策」にはCGコードの改訂と併せて本ガイダンスを策定する方針が、2026年7月21日に閣議決定された「日本成長戦略」には改訂CGコード及び本ガイダンスの普及等に取り組む方針が明記されている。

1-3 改訂CGコードとの関係

 今般のCGコード改訂においては、成長の道筋の構築と成長投資や事業ポートフォリオの見直しを含む将来の経営資源の配分はガバナンスの重要課題であるとの考え方が、原則4-1等を通じてより明確に示された。本ガイダンスはその考え方を前提とした実務指針として策定され、成長を志向する企業を対象に、企業と投資家が価値創造(Economic Profit(以下「EP」とする))を共通言語として、成長投資の意義・時間軸・リスクとリターンを建設的に議論し、中長期的な企業価値向上に向けて成長投資を拡大する上で共通理解とすべきポイントを具体的に整理している。

2.指標とフレームワーク

2-1 4象限フレームワーク

 本ガイダンスは、PBRとROEという二つの指標を組み合わせることによって企業を四つの企業群に分類する「4象限フレームワーク」を活用している。

図表1

 4象限フレームワークと日米欧の企業の分布状況
出所:スピーダを基に経済産業省作成

 4象限上のポジションは、事業特性や市場環境等に加え、企業に対する資本市場からの評価が表れたものと考えられる。本ガイダンスでは、4象限フレームワークを、企業が自社の現在地(成長ステージ)を把握するための手掛かりとし、中長期的な価値創造に向けた取組みを見つめ直すとともに、投資家との対話に活用するための参考指標の一つとして位置づけている。

2-2 EP

 本ガイダンスは、構造的要因を解消するためには、短期的に資本効率や株主還元の水準を高めることではなく、企業が生み出す経済的付加価値の総量を中長期的な視点から持続的に拡大していくことが重要との考え方に依拠している。そこで本ガイダンスでは、企業の「価値創造」を「企業が事業活動を通じて、資本コストを上回るリターンを継続的に生み出すこと」とし、その規模を捉える概念としてEPを採用している。

図表2

EPの概念図

 EPは、株主及び債権者といった資金提供者が期待するリターンに相当する資本コストを控除した後の経済的付加価値を示す指標であり、ROIC-WACCスプレッドと投下資本の積として表される。そのため、資本コストを上回る収益性の確保だけでなく、そのような収益性を確保できる領域への投下資本の拡大も含めて、価値創造の規模を積分的に捉えることができる。
 したがって本ガイダンスは、EPを共通言語とすることにより、短期的な資本効率の改善に偏ることなく、将来の価値創造に向けた企業の取組みを中長期的な視点から捉えることの重要性を強調している。もっとも、企業に対してEPの開示や目標設定を一律に求めるものではなく、またEPを企業価値評価の唯一の尺度として位置づけるものでもない点には留意が必要である。

3.課題認識

3-1 相対的に不足する成長

 本ガイダンスは前述の「新たなパラドックス」の背景となる構造的課題を大きく三つに整理している。まず、第一の課題は、「企業が賃上げを含めた成長投資に対して消極的になり、資本の再配分や投下資本の戦略的な拡大が必ずしも十分に行われていないこと」である。

図表3

対売上高成長投資比率(2023年度)
出所:Bloombergのデータを基に経済産業省作成

 その背景には、企業が資本コストを安定的に上回る事業を十分に見いだせていないことに加え、成長投資を巡る企業・投資家間の時間軸や不確実性に対する評価の相違があるのではないかと考えられる。これまでのコーポレートガバナンス改革において重視されてきた資本効率の改善は、不採算事業の整理や非効率資産の見直し等を通じて企業価値の向上につながるものであり、企業と投資家の双方にとって比較的利害が一致しやすい取組みであった。他方で、成長投資の拡大は、その成果が顕在化するまでには相応の時間を要する。企業と投資家の時間軸や不確実性に対する評価軸の違いなどが、両者の間に潜在的な緊張関係を生じさせる可能性がある。また近年、10年国債利回りの上昇に伴い資本コストそのものも上昇しつつあり、企業には従来以上に高いリターンを生み出す投資機会の探索が求められている。

3-2 成長ステージ・業績を踏まえた成長投資と株主還元のバランス

 第二の課題は、「企業と投資家の間で、企業の成長ステージや業績を踏まえ、成長投資と株主還元の適切なバランスを検討するとの共通理解が十分に形成されていないこと」である。

図表4

株主還元の実施率
出所:スピーダのデータを基に経済産業省で作成。

 日本企業の総還元性向はこの10年間で大きく上昇したものの、なお欧米企業より低い水準にある。一方で株主還元の実施状況をみると、企業の成長ステージや投資機会に応じた資本配分の違いが、そこには十分に表れていない可能性がある。欧米ではPBR・ROEがともに高い企業群④の配当・自社株買いの実施率が高いのに対して、日本では企業群間の差が小さく、成長ステージや業績に応じた資本配分のメリハリが必ずしも十分に表れていないことが示唆される。
 この点に関しては、本小委員会においても、株主還元の多寡を一律に論じるのではなく企業の成長ステージや投資機会に応じて判断する必要があることや、成長投資と株主還元を別個に議論するのではなく将来のキャピタルアロケーションとして一体的に捉える必要があることが繰り返し指摘された。

3-3 価値毀損セグメントに滞留する資本

 第三の課題は、「日本企業全体としては資本効率の改善が進展してきた一方で、資本コストを上回る収益性を安定的に確保できていない事業が依然として少なくないこと」である。
 このことは、日本企業の価値創造(EP)の現状から伺える。2009年~2013年から2020~2024年にかけての1社あたり年平均の変化をみると、資本効率(ROIC)の改善が進んだ一方で価値創造が見込まれる領域への投下資本の拡大が欧米に比べて限定的であったことが示唆される。

図表5

 1社あたり年平均EPの内訳
出所:マッキンゼー「委託調査」のレポート及びデータを基に経済産業省作成。

 さらに、EPがプラスとなる「価値創造セグメント」とEPがマイナスとなる「価値毀損セグメント」への投下資本の配分結果は日米欧で大きく異なる。日本では約2/3の投下資本が価値毀損セグメントに配分されており、合計EPもマイナスとなっている。

図表6

日米欧の価値創造と価値毀損の状況(2024年)
出所:マッキンゼー・アンド・カンパニー・インコーポレイテッド・ジャパン「令和7年度経済産業政策関係調査事業(価値創造経営の推進に向けた課題と対応策に関する調査)」(以下、マッキンゼー「委託調査」)のレポート及びデータを基に経済産業省作成。

 コーポレートガバナンス改革以降、日本では事業ポートフォリオの転換や事業の新陳代謝の重要性が繰り返し指摘されてきたが、本小委員会における分析を通じて、事業ポートフォリオの見直しや資本再配分の不十分さが示唆されている。本ガイダンスが課題と捉えているのは、「価値毀損セグメント」の存在そのものではなく、資本コストを上回るリターンを生み出せていない事業に多額の資本が滞留し、その結果として「価値創造セグメント」への資本の再配分が十分に進んでいないと考えられる点である。「価値毀損セグメント」への資本滞留は、企業全体が創出するEPの総量を押し下げるだけでなく、成長投資や賃上げに振り向けることのできる経営資源を制約する要因ともなる。

4.企業に期待される対応

4-1 基本的な考え

 ROIC-WACCスプレッドと投下資本の積として表されることから、EPを拡大するための取組みには二つの方向性がある。第一に、ROIC-WACCスプレッドを改善して資本効率を高める方向であり、第二に、資本コストを上回るリターンが見込まれる領域に対して投下資本量を拡大する方向である。本ガイダンスが従来の議論と一線を画すのは、この二つを対立的にとらえるのではなく、EPの拡大という共通の目的の下で一体的に追求すべきものと整理している点にある。
 投下資本の拡大に向けた取組みは、将来の価値創造につながる可能性を有する一方で不確実性を伴う。効果の顕在化に時間を要し、投資の初期段階では利益やキャッシュフローが一時的に悪化する場合もある。そのため、企業と投資家との間で時間軸や不確実性に対する認識の相違が生じ得る。
 こうした状況の下で成長投資を進めるためには、投資の目的、期待リターン、リスクおよび時間軸を整理し、それらが将来のEPの拡大にどのようにつながるかを説明することが重要である。改訂CGコード原則4-1に「成長の道筋」の構築が明記されたことも踏まえ、各事業のビジネスモデルを分析し、自社の競争優位の源泉と、価値創造の拡大に必要となる投資を明確化する必要がある。

4-2 商品・サービスの付加価値向上を通じた収益性の向上

 EP拡大の第一の方向性である資本効率(ROIC-WACCスプレッド)の改善には、費用や成長投資を圧縮して比率を高める道と、収益そのものを高めて比率を引き上げる道の二つがあり、本ガイダンスは明確に後者を重視している。
 コスト削減に過度に依存した資本効率の改善は、いわば「食べないダイエット」のようなもので、一時的に数値を整えることはできても、将来の企業の体力を損なうおそれがある。本ガイダンスが重視するのは、無形資産への投資や賃上げを含む成長投資を通じ、商品・サービスの価値と顧客の支払意思額(WTP:Willingness to Pay)を引き上げ、収益性を持続的に改善するアプローチである。その際、今後の労働供給制約社会においては、賃上げは単なる分配政策ではなく、人材を惹き付け、生産性向上投資を促し、企業の行動変容を促進する「供給力強化政策」そのものであり、成長戦略の起点であることに留意する必要がある。

4-3 投下資本の改善と拡大

 EP拡大の第二の方向性である投下資本に関する取組みには、投下資本の「質」を高める側面と「量」を拡大する側面がある。
 「質」を高める事業ポートフォリオ転換においては、ROIC-WACCスプレッド、将来の売上高成長率、持続可能性の3点が基本的な視点となる。恒常的にスプレッドがマイナスの事業については、収益性の改善、事業モデルの見直し又は縮小・撤退を含む対応を検討する必要がある。現在のスプレッドが高くても成長余地が限定的な事業は、投下資本を増加させても将来のEP拡大につながりにくい。スプレッドや成長率の持続可能性も併せて検討する必要がある。
 さらに、事業の価値は、それを保有・運営する所有者の戦略・運営能力によって変化し得るため、自社がその事業の中長期的な企業価値を最大化することが期待される経営主体、すなわちベストオーナーであるかを検討する必要がある。スプレッドや成長率が高い事業であっても、他の事業者が一層高い価値を生み出し得る場合には、当該事業を移転し、自社がベストオーナーになり得る分野へ資本を集中させることも選択肢となる。
 「量」を高める「大胆な成長投資」は、各年度の投資額を単に増加させることではなく、一貫した戦略に基づき、重点領域に対し複数年にわたって必要な資本を供給し続けることを意味する。M&Aについては、中長期的なEP拡大につながる価値創造のロジックを取引前に明確化することが重要である。また、一過性のイベントとして扱うのではなく、戦略策定からPMIまでを一気通貫で実行し、成功・失敗の経験を組織知として蓄積・更新していく組織能力を確立することが求められる。新規事業への投資も将来の成長機会を創出する重要な手段であるが、不確実性や投資回収期間等の特性を踏まえ、既存事業と同一のEP基準を一律に適用するのではなく、適切な管理の枠組みを整備する必要がある。
 「質」の改善と「量」の拡大は、限られたキャッシュや経営資源をどこに、どの順序で、どれだけ配分するかという資本配分の問題に帰着する。本ガイダンスは、これらを中長期的なキャピタルアロケーションとして一体的に構築し、今後3~5年程度の資金配分、事業ポートフォリオ改善、重点投資分野および実現の時間軸を説明することを求めている。

4-4 成長投資と株主還元の適切なバランス

 本ガイダンスは、成長ステージ、投資機会の有無および財務状況を踏まえ、成長投資と株主還元の適切なバランスを図ることを重視している。自社株買いや配当は、それ自体が中長期的な競争力や将来キャッシュフローを拡大するものではないため、有望な投資機会があるにもかかわらず成長投資を抑制して株主還元を優先すれば、将来の価値創造の機会を失う可能性がある。
 なお、本ガイダンスの趣旨は、株主還元を抑制して成長投資を一律に増やすことではなく、経営者が資本コストを上回る投資機会を探索・創出した上で、各社の成長ステージ、投資機会および財務状況に応じ、企業価値の最大化に資する資本配分を行うことにある。

4-5 価値創造を支える取締役会の役割

 こうした企業の取組みを実効的なものとする上で、取締役会が果たすべき役割は大きい。取締役会にはEPの拡大に向けた成長への道筋を明確にするとともに、事業ポートフォリオの改善や成長投資の拡大等の経営資源の配分方針を決定・監督することが期待される。具体的には、以下の取組みが挙げられる。①成長への道筋と将来キャピタルアロケーションの統合、②事業ポートフォリオ戦略とそのモニタリング、③大胆な成長投資の推進とリスクガバナンス、④迅速・果断な意思決定を支える体制の確保、⑤指名・報酬を通じた規律づけである。
 特に、投資機会の探索・創出や事業ポートフォリオの見直しが十分に行われているか、取締役会が継続的に検証することが重要である。その上で、一定期間を経過しても経営陣から合理的な戦略が示されない場合や、必要な改善策が講じられない場合には、経営管理体制や後継者計画を含む経営陣の在り方について検討することも、取締役会の重要な責務となる。

5.投資家に期待される対応

5-1 基本的な考え方

 EPの拡大に向けては、企業が合理的な成長戦略を構築・実行することに加え、投資家が企業の説明を踏まえて資本配分の合理性を評価し、建設的な対話を行うことが重要である。スチュワードシップ・コードが示すとおり、企業価値向上に向けた企業側の責務と投資家側の責務はいわば「車の両輪」であり、両者がそれぞれの役割を適切に果たすことで、企業の持続的成長と中長期的な投資リターンの向上につながることが期待される。

5-2 成長に向けた時間軸とエンゲージメントの実質

 成長投資は、その成果が顕在化するまでに時間を要し、投資初期には利益、キャッシュフロー又は資本効率指標が一時的に悪化し得るほか、一定の不確実性も伴う。そのため投資家には、運用機関等が掲げる運用哲学や投資スタイルに基づき、企業の成長ステージや事業特性、投資の目的、期待リターンおよび時間軸を踏まえ、資本配分の合理性を実質的に評価することが期待される。
 また、エンゲージメントに関しても、企業の状況を踏まえた実質的な対話が期待される。投資家には、企業の成長ステージや事業特性を把握した上で、成長への道筋、ROIC-WACCスプレッドの改善、投下資本の質・量および将来のキャピタルアロケーション等に議論の重点を置き、企業の説明の合理性や実現可能性を検証していくことが期待される。企業にも、成長投資の目的、時間軸、リスクおよび将来の価値創造との関係について、投資家が判断可能な情報を提供することが求められる。

5-3 議決権行使の実質化

 企業が大胆な成長投資を行う局面では、短期的にROE等が低下し得るため、成長ステージや戦略的意図を考慮せず、単一の指標に基づいて経営者の選解任等を機械的に判断することは、成長投資を躊躇させ、将来の価値創造を損なう可能性がある。そのため本ガイダンスでは、形式的な指標等の変動のみに着目するのではなく、できる限り実質的な判断を行うことが重要であることを強調している。その上で、仮にROE等の業績基準を用いる場合でも、成長投資を阻害しないよう例外要件(セーフハーバー)を設け、企業の説明を踏まえて実質的に判断できる体制を整備することが期待されるとともに、重要議案については、賛否の結論に至った実質的理由を開示することが望ましいと整理している。

6.政府が取り組むべき対応

 企業と投資家の取組みを促進するためには、政府による環境整備も必要となる。その際には、市場ルール等の制度設計と、補助金、税制、ファイナンス等の支援策を相互に整合させ、成長志向型コーポレートガバナンスの実現に向けた政策パッケージとして推進することが重要である。

7.おわりに

 本ガイダンスが一貫して提唱してきたのは、短期的な資本効率や株主還元の水準を高めること自体を目的とするのではなく、企業が生み出す経済的付加価値の総量(EP)を、中長期的な視点から持続的に拡大していくという発想の転換である。これは、伊藤レポート以来のコーポレートガバナンス改革を、「資本効率の改善」から「価値創造の拡大」へと一段先へ進めることを意図している。ただし、EPもまた一つの指標にすぎない。鍵となるのは、企業と投資家がこれを共通言語としつつ、各社の個性と成長の道筋に即した建設的な対話を重ねていくことにある。冒頭に述べた「新たなパラドックス」を乗り越え、価値創造の拡大を通じた中長期的な企業価値向上と、賃上げを含むその果実の社会全体への還元が実現されていくことを期待したい。

Opinion Leader

経済産業省 経済産業政策局
産業創造課 課長 兼 企業会計室 室長

経済産業省 経済産業政策局
産業創造課 総括補佐

経済産業省 経済産業政策局
産業創造課 課長補佐

経済産業省 経済産業政策局
企業会計室 室長補佐